自己啓発論多発の書店状況に一抹の空恐ろしさを感じているのですが、つい最近リアルタイムでスピリチュアルの世界にダイブした人間の過程を見ることが出来ました。割と身近で進行してるんだなあ自己啓発モード。
私の知人の一人(女性)がケータイで仲間内のメルマガをやってるんですが、その内容がドンドンやばくなっていった話。
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最初は実に他愛のない―――たとえるなら、アイドルがブログで「今日はカレー作りました~♪」とか言いつつ、美味しくなさそうな料理を晒す程度の―――話題でした。
そのときはミギレキも「この人は空気読むの苦手っぽいけど、これはこれでスイーツ(笑)ぽくて愛らしいところはあるよね」などと余裕をぶっこいていたものです。
ところがしばらくすると、その人と顔を会わせることが少なくなっていきました。プチ「あの人は今」状態になるんですけど、その間送られてきたメールがもうやばすぎる。
メール受信したとたんビビりましたよ。なんなんだよこのバーの短さはって。
全文読んで最下部までスクロールするのに数分かかるあのメールは、そこら中のケータイ小説では足元にも及ばぬ濃度と狂気に満ちたものでした。スクイズ最終回のメールみたい。ずーっと下までスクロールしていくと「輪廻転生」(相変わらず最終回しか見てないけど)。
気分を上げるには心の中でひたすら感謝するといいとか、恋人を失った男が彼女の分まで生き抜く事を決意したヘヴィなエピソードとか、魂は霊界を廻ってどうこうとか、つまり世界はスピリチュアルなんだよ!っていう話が一つのメールに凝縮されたあのメール、普通に暮らしているだけでは得がたい体験でした。少なくとも予告なしに魂と霊と転生と鏡の法則を延々説いてくるような奴等はネウロの世界だけだと思っていたのに。
「彼女は今、どっかの施設に幽閉されてヘッドギアでもつけられてるのか」と割と本気で疑ったんですが、事実こういうメールがたった一回ならいいとして、何週も続くとさすがに心配になります。
実際「何かあった」らしいけど。
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ミギレキが怖いと思ったのは彼女の持つ「正気の中の狂気」です。
「正気の中の狂気」というのはうまく説明できないのですが、わかりやすく言うと「パッと見はまともで常識的だが、その中身はカルト」というところでしょうか。口上は人類愛や幸福を理念とするセオリーなんですが、どこかで論理や客観を失っている、あるいは必要悪を無条件に排除してるっていう感じ。
アンチクライストスーパースター奥崎謙三を見ればわかる通り(?)、狂気を伴わないと打開できない世界というのも確かに存在します。ジョジョでいう漆黒の意思でもいいです。しかしそれらは「正気の中の狂気」ではなく、むしろ「狂気の中の正気」であり、それは鳥肌実であり江頭2:50のような人種です。彼らは表面上は明らかに日常の中の異物ですが、自身が異常である事を熟知したメタ視点によって、むしろその正気を世に認めさせた芸人だといえます。逆に自身が異常である事を自認しない「正気の中の狂気」はまさにエンリコ・プッチ的な真の邪悪になりかねないわけです。こんな電波野郎は二次元だから楽しいのであって、実在すればするだけ何をしでかすかわからない起爆剤になり得ます。この点にミギレキが近年の自己啓発論に恐怖感を感じている一因があります。
具体的に言えば彼女に必要なのは酒飲んで愚痴ることだと思うんですが、信仰は自由ですしそれを咎める権利などミギレキにはないわけで、そこは謙虚になっておかねばと肝に銘じています。SBRでいう「ネットの真上にはねたボールの領域」ですからね、これは。あと、荒木ネタばっかり引き合いにしてすみません。
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あれから彼女とは会ってませんしメールも来なくなったのでどうなったか知りませんが、願わくはHellsingOVA4巻の少佐なりきり特典で狂気を遊べるくらいの正気を取り戻していてくれるといいですね。まああんなキチガイ跋扈のDVD(しかも初回限定)なんて彼女が買うわけないけど。
私の知人の一人(女性)がケータイで仲間内のメルマガをやってるんですが、その内容がドンドンやばくなっていった話。
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最初は実に他愛のない―――たとえるなら、アイドルがブログで「今日はカレー作りました~♪」とか言いつつ、美味しくなさそうな料理を晒す程度の―――話題でした。
そのときはミギレキも「この人は空気読むの苦手っぽいけど、これはこれでスイーツ(笑)ぽくて愛らしいところはあるよね」などと余裕をぶっこいていたものです。
ところがしばらくすると、その人と顔を会わせることが少なくなっていきました。プチ「あの人は今」状態になるんですけど、その間送られてきたメールがもうやばすぎる。
メール受信したとたんビビりましたよ。なんなんだよこのバーの短さはって。
全文読んで最下部までスクロールするのに数分かかるあのメールは、そこら中のケータイ小説では足元にも及ばぬ濃度と狂気に満ちたものでした。スクイズ最終回のメールみたい。ずーっと下までスクロールしていくと「輪廻転生」(相変わらず最終回しか見てないけど)。
気分を上げるには心の中でひたすら感謝するといいとか、恋人を失った男が彼女の分まで生き抜く事を決意したヘヴィなエピソードとか、魂は霊界を廻ってどうこうとか、つまり世界はスピリチュアルなんだよ!っていう話が一つのメールに凝縮されたあのメール、普通に暮らしているだけでは得がたい体験でした。少なくとも予告なしに魂と霊と転生と鏡の法則を延々説いてくるような奴等はネウロの世界だけだと思っていたのに。
「彼女は今、どっかの施設に幽閉されてヘッドギアでもつけられてるのか」と割と本気で疑ったんですが、事実こういうメールがたった一回ならいいとして、何週も続くとさすがに心配になります。
実際「何かあった」らしいけど。
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ミギレキが怖いと思ったのは彼女の持つ「正気の中の狂気」です。
「正気の中の狂気」というのはうまく説明できないのですが、わかりやすく言うと「パッと見はまともで常識的だが、その中身はカルト」というところでしょうか。口上は人類愛や幸福を理念とするセオリーなんですが、どこかで論理や客観を失っている、あるいは必要悪を無条件に排除してるっていう感じ。
アンチクライストスーパースター奥崎謙三を見ればわかる通り(?)、狂気を伴わないと打開できない世界というのも確かに存在します。ジョジョでいう漆黒の意思でもいいです。しかしそれらは「正気の中の狂気」ではなく、むしろ「狂気の中の正気」であり、それは鳥肌実であり江頭2:50のような人種です。彼らは表面上は明らかに日常の中の異物ですが、自身が異常である事を熟知したメタ視点によって、むしろその正気を世に認めさせた芸人だといえます。逆に自身が異常である事を自認しない「正気の中の狂気」はまさにエンリコ・プッチ的な真の邪悪になりかねないわけです。こんな電波野郎は二次元だから楽しいのであって、実在すればするだけ何をしでかすかわからない起爆剤になり得ます。この点にミギレキが近年の自己啓発論に恐怖感を感じている一因があります。
具体的に言えば彼女に必要なのは酒飲んで愚痴ることだと思うんですが、信仰は自由ですしそれを咎める権利などミギレキにはないわけで、そこは謙虚になっておかねばと肝に銘じています。SBRでいう「ネットの真上にはねたボールの領域」ですからね、これは。あと、荒木ネタばっかり引き合いにしてすみません。
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あれから彼女とは会ってませんしメールも来なくなったのでどうなったか知りませんが、願わくはHellsingOVA4巻の少佐なりきり特典で狂気を遊べるくらいの正気を取り戻していてくれるといいですね。まああんなキチガイ跋扈のDVD(しかも初回限定)なんて彼女が買うわけないけど。
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職業やおい人(?)金田淳子氏の書いた、前エントリーのユリイカ収録記事。その名も「D/J ジョジョの奇妙な構造と力」です。
第一印象は「狂った状態で安定した妄想」という感じでした。作品に対する見方があきらかに荒木先生の意図せざるところなんだけど、それはそれで理路整然としているという。本当は「D×J」ってしたかったんだろうな~。
印象に残った点だけぱぱっとまとめます。
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内容はジョジョよりもディオに対する記述のほうがウェイト重いです。ていうかディオ論です。「ジョジョはディオなんだよ!」ということだと思ってください。
さて、さっそく金田氏によるディオへのアプローチが始まります。(以下、太字は管理人による)
ここで金田氏はヴィクトリア時代における身分制度の開放や、都市労働者たちの上昇志向がまたディオにもあったのだと指摘。
そして知識吸収によってジョースター家のっとりを画策するディオをこう評しています。
この「父親に対する拒絶の身ぶり」は重要なポイントです。すくなくとも金田氏にとってはめっちゃ重要なはずです。
ディオが父親を嫌悪していることは読者もよく知るところですが、ここからやおいにつなげていくところが金田氏の手腕(というかこじつけ?)です。この点に普通にジョジョを読んでる限りでは得られない、歪んだリビドーを彼女に感じる所以でもあります。
ああ、穿った見方ってのは自覚があったんだな、と少し安心したんですが、それはいいとして「ディオは女と同一化したがってる」という記述は驚きました。
やおいには相変わらず詳しくはありませんが、この世界に浸っている人は男性キャラが女性キャラを好きになったり、あるいはその逆があったりという描写がやおいのなかに現れるのを嫌うといったことを聞いたことがあります。
つまり美しい男は美しい男と絡んでいて欲しいので、こっち(女)に意識を向けるんじゃねえということなんでしょうか。
と、考えると、「ディオは女とセックスしたいんじゃなくて、女そのものになりたいんだよ!(な、なんだってーっ)」という設定は腐った人々からすれば実にウハウハなシチュエーションなんでしょうね(なんでしょうか)。
父親への嫌悪は男への嫌悪であり、母への同情は女への同一願望だ!だからディオはジョナサンだっていけるんだ!という金田氏の主張がビンビン伝わってきます。
事実、ディオには3部で「男とは思えない妖艶さ」とかいう形容もありますし、荒木先生も金田氏との対談で「ディオは男も女もどっちもいける」みたいなこといっちゃったせいで、淳子タソかなり調子づいてんなあという気がしました。なんでもっと早くこの雑誌買わなかったんだろ。
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とにかくこの記事で伝わってくるのは「ディオ×ジョナサンは正しいカップリングなんです」「あと、『ジョジョ』の真の主役はディオです」という金田淳子流「俺ジョジョ」の叫びです。
第一部の主人公が事実上ディオであることは、読んだ多くの人が感じることだと思うし荒木先生も認めるところなのでいいとして、それを学術的にやおいへリンクさせるのが凄いです。というかあなたは色々なものを物色しすぎです。
この直後にジョジョ立ち記事を担当しているカジポン氏は「テレビのキャスターが「天気は徐々に回復し…」等と言えば即座に「今ジョジョって言った!」画面にツッコミを入れる日々を送ってきた。」と告白しているのですが、この手の熱狂的な人々は何を見ても自分の好きな分野とそれをリンクさせる能力に長けているのでしょう。余談ですが、金田氏が狂った状態で安定しているならカジポン氏は過剰な状態で安定しているというのが第一印象でした。
個人的には金田氏みたいに穿った見方を本気でやってる人は好きなので構いませんが、敬虔というかカタブツのジョジョラーからは毛嫌いされることうけあいでしょう。こういう人こそブログで日々劣情をぶちまければいいのになあ。だって東大の大学院まで出て荒木御大に「ディオは貧民街で大勢の男に慰みモノにされてきた」と面と向かって言う狂人が世の中に何人います?
「作者に対して妄想を持ち込むこと」も「やおい方面から語ること」も何も悪いことじゃないですけど、荒木先生より大量に腐った妄想を喋り倒す金田淳子氏はいろいろな意味で普通じゃないです。あの鼎談で悪かったのは金田氏が冷静にジョジョを分析したり荒木氏の言を引っ張り出せなかったことであって、やおいとしてのジョジョ論は狂ってるわけじゃないですから(私は狂ってるだのなんだの言っちゃったけど)。
事実、この「D/J」も普通に冷静だし面白いんですよ。amazonのチラシの裏なんて気にせずに金田氏はこれからもどんどんジョジョを愛して欲しいものです。
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話変わりますけど、最近オウムのアニメとかザイン帝国の動画とか大神源太のユニバGとかいろいろ見て飽きてきたんですが、他にカルト教の動画ってないですかね?
第一印象は「狂った状態で安定した妄想」という感じでした。作品に対する見方があきらかに荒木先生の意図せざるところなんだけど、それはそれで理路整然としているという。本当は「D×J」ってしたかったんだろうな~。
印象に残った点だけぱぱっとまとめます。
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内容はジョジョよりもディオに対する記述のほうがウェイト重いです。ていうかディオ論です。「ジョジョはディオなんだよ!」ということだと思ってください。
さて、さっそく金田氏によるディオへのアプローチが始まります。(以下、太字は管理人による)
P112
対照的な二人であるが、本来、読者の同情が集まるであろう悲惨な環境に配置されているのは、その後の『ジョジョの奇妙な冒険』の一大サーガを通じて最大の敵となる、ディオのほうだ。
ここで金田氏はヴィクトリア時代における身分制度の開放や、都市労働者たちの上昇志向がまたディオにもあったのだと指摘。
そして知識吸収によってジョースター家のっとりを画策するディオをこう評しています。
P113
読書、すなわち知識を得ることは、彼にとっては娯楽ではなく成功するための地道な練磨であり、同時に自らの生まれた労働者階級、とりわけ無学な父親に対する拒絶の身ぶりである。
この「父親に対する拒絶の身ぶり」は重要なポイントです。すくなくとも金田氏にとってはめっちゃ重要なはずです。
ディオが父親を嫌悪していることは読者もよく知るところですが、ここからやおいにつなげていくところが金田氏の手腕(というかこじつけ?)です。この点に普通にジョジョを読んでる限りでは得られない、歪んだリビドーを彼女に感じる所以でもあります。
P116
穿った見方をすれば、ジョジョは自らにさまざまなモノを与えてくれる父親や師や仲間(男)に対して同一化しているが、ディオは自らと同様に奪われつくした母親(女)に対して同一化しているのだ。
それまで女性にまったく興味を示さなかったディオが、瀕死になったとき唐突に「人間生命エネルギーが必要だ…女がいい…若い新鮮な女の生気を吸い取らねば…」と女性の血を欲するのは、ヘテロな性的欲望よ言うよりむしろ同一化の欲望だと解釈できる。
ああ、穿った見方ってのは自覚があったんだな、と少し安心したんですが、それはいいとして「ディオは女と同一化したがってる」という記述は驚きました。
やおいには相変わらず詳しくはありませんが、この世界に浸っている人は男性キャラが女性キャラを好きになったり、あるいはその逆があったりという描写がやおいのなかに現れるのを嫌うといったことを聞いたことがあります。
つまり美しい男は美しい男と絡んでいて欲しいので、こっち(女)に意識を向けるんじゃねえということなんでしょうか。
と、考えると、「ディオは女とセックスしたいんじゃなくて、女そのものになりたいんだよ!(な、なんだってーっ)」という設定は腐った人々からすれば実にウハウハなシチュエーションなんでしょうね(なんでしょうか)。
父親への嫌悪は男への嫌悪であり、母への同情は女への同一願望だ!だからディオはジョナサンだっていけるんだ!という金田氏の主張がビンビン伝わってきます。
事実、ディオには3部で「男とは思えない妖艶さ」とかいう形容もありますし、荒木先生も金田氏との対談で「ディオは男も女もどっちもいける」みたいなこといっちゃったせいで、淳子タソかなり調子づいてんなあという気がしました。なんでもっと早くこの雑誌買わなかったんだろ。
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とにかくこの記事で伝わってくるのは「ディオ×ジョナサンは正しいカップリングなんです」「あと、『ジョジョ』の真の主役はディオです」という金田淳子流「俺ジョジョ」の叫びです。
第一部の主人公が事実上ディオであることは、読んだ多くの人が感じることだと思うし荒木先生も認めるところなのでいいとして、それを学術的にやおいへリンクさせるのが凄いです。というかあなたは色々なものを物色しすぎです。
この直後にジョジョ立ち記事を担当しているカジポン氏は「テレビのキャスターが「天気は徐々に回復し…」等と言えば即座に「今ジョジョって言った!」画面にツッコミを入れる日々を送ってきた。」と告白しているのですが、この手の熱狂的な人々は何を見ても自分の好きな分野とそれをリンクさせる能力に長けているのでしょう。余談ですが、金田氏が狂った状態で安定しているならカジポン氏は過剰な状態で安定しているというのが第一印象でした。
個人的には金田氏みたいに穿った見方を本気でやってる人は好きなので構いませんが、敬虔というかカタブツのジョジョラーからは毛嫌いされることうけあいでしょう。こういう人こそブログで日々劣情をぶちまければいいのになあ。だって東大の大学院まで出て荒木御大に「ディオは貧民街で大勢の男に慰みモノにされてきた」と面と向かって言う狂人が世の中に何人います?
「作者に対して妄想を持ち込むこと」も「やおい方面から語ること」も何も悪いことじゃないですけど、荒木先生より大量に腐った妄想を喋り倒す金田淳子氏はいろいろな意味で普通じゃないです。あの鼎談で悪かったのは金田氏が冷静にジョジョを分析したり荒木氏の言を引っ張り出せなかったことであって、やおいとしてのジョジョ論は狂ってるわけじゃないですから(私は狂ってるだのなんだの言っちゃったけど)。
事実、この「D/J」も普通に冷静だし面白いんですよ。amazonのチラシの裏なんて気にせずに金田氏はこれからもどんどんジョジョを愛して欲しいものです。
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話変わりますけど、最近オウムのアニメとかザイン帝国の動画とか大神源太のユニバGとかいろいろ見て飽きてきたんですが、他にカルト教の動画ってないですかね?