ちょっと手を放した隙にシグルイもヘルシングも出ちゃってるんですよね。
とりあえず最近買った分。
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『へうげもの』 8 巻
完全にアレですね。宗匠が死ぬ寸前。
宗匠が死に向かって徐々にギアがローからトップに入っていくあたり。
8 巻を読んで思ったのは、結局宗匠は強い人間だということです。
自分の信念が誰にも理解されずやがて廃れていくことを知りながらも、あるいは己の為そうとしていることが鬼畜の所業だとわかっても、それを全部受け入れて「死ぬ」ということも含めて自分にケリをつけられる。
つまり真のカリスマとは絶対的に孤独であり、 100% 自己決断の生き物であるということです。
で、その点秀吉は弱い人間なんですね。
どれだけ偉くなろうが結局は何らかのシンボル(信長や宗匠)にすがらざるをえない。
美学という上位のレイヤがあるとして、宗匠はたった一人でその上に乗っかっているわけです。
それは物凄く審美眼の高いフィルタでもあって、織部も秀吉もそこに憧れる事はできてもそのレイヤに乗っかることはできない。というより、宗匠ですらとてつもない自己研鑽を経ないとそのレイヤからはたやすく落っこちてしまいかねない。
美学というレイヤは時として宗匠自身および彼の命よりも上位で、そこに立つには相当の資格が必要なのです。
深いですね。カルマ。
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『ベクター・ケースファイル』 6 巻
中華姉妹やらヤンデレ留学生やら出していきながら一向に話は膨らまず勢い付くこともない。
おそらくこの漫画を作っている人々はキャラの使い方が並列電流なんです。
だからどんだけキャラを並べようが持続力は上がってもボルテージが上昇することはない。
だが、それがいい。
『ベクター・ケースファイル』はスリルやカタルシスなんていうのは薄いほうがいい漫画で、今のような「なんちゃって萌え」当たりがちょうどいいのです。
ムシキングにもポケモンにもならず粛々と虫ウンチクだけを語り続け、幼女もヤンデレもうまく描きこなせないまま、REDあるまじき真面目な環境論が語られる。
この辺の素朴さが好きです。
とりあえず最近買った分。
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『へうげもの』 8 巻
完全にアレですね。宗匠が死ぬ寸前。
宗匠が死に向かって徐々にギアがローからトップに入っていくあたり。
8 巻を読んで思ったのは、結局宗匠は強い人間だということです。
自分の信念が誰にも理解されずやがて廃れていくことを知りながらも、あるいは己の為そうとしていることが鬼畜の所業だとわかっても、それを全部受け入れて「死ぬ」ということも含めて自分にケリをつけられる。
つまり真のカリスマとは絶対的に孤独であり、 100% 自己決断の生き物であるということです。
で、その点秀吉は弱い人間なんですね。
どれだけ偉くなろうが結局は何らかのシンボル(信長や宗匠)にすがらざるをえない。
美学という上位のレイヤがあるとして、宗匠はたった一人でその上に乗っかっているわけです。
それは物凄く審美眼の高いフィルタでもあって、織部も秀吉もそこに憧れる事はできてもそのレイヤに乗っかることはできない。というより、宗匠ですらとてつもない自己研鑽を経ないとそのレイヤからはたやすく落っこちてしまいかねない。
美学というレイヤは時として宗匠自身および彼の命よりも上位で、そこに立つには相当の資格が必要なのです。
深いですね。カルマ。
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『ベクター・ケースファイル』 6 巻
中華姉妹やらヤンデレ留学生やら出していきながら一向に話は膨らまず勢い付くこともない。
おそらくこの漫画を作っている人々はキャラの使い方が並列電流なんです。
だからどんだけキャラを並べようが持続力は上がってもボルテージが上昇することはない。
だが、それがいい。
『ベクター・ケースファイル』はスリルやカタルシスなんていうのは薄いほうがいい漫画で、今のような「なんちゃって萌え」当たりがちょうどいいのです。
ムシキングにもポケモンにもならず粛々と虫ウンチクだけを語り続け、幼女もヤンデレもうまく描きこなせないまま、REDあるまじき真面目な環境論が語られる。
この辺の素朴さが好きです。
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森先生は自身の実体験の中から漫画を描いていくタイプの作家です。
『ホーリーランド』は森先生自身が荒れていた時代の、喧嘩に明け暮れていた時代の経験がモロに投入されていた作品ですよね。
単に喧嘩のテクニックのみならず「不安を忘れるために駅のホームのタイルの数を数えた」とか、「あることがきっかけで数年間スランプに陥った」とか、そういう物凄く具体的で陰鬱な人生体験。
『ホーリーランド』終盤が若干だれたのは森先生にとって描くべき体験――少なくとも路上喧嘩に関しては――の底がつき、エンターテイメントであることを強いられたからでしょう。
あの終盤で、単純娯楽とか少年漫画的なバトル要素って言うのは森先生にとって不得手の領域じゃないかなって思うようになった。
少なくとも、ヤムチャみたいに古参キャラをダシにしてニューカマーの噛ませにして強い敵をどんどん出して主人公が勝ちまくって…っていう発想はないんだと。
だってキングが作中最強だって実感、全然ないでしょ?
それだけに新作がバトル要素のない漫画で嬉しいですね。
今回間違いなく描いているであろう実体験は森ファン(?)なら間違いなくわかるでしょう。
先生本人の飛び降り自殺未遂です。
『ホーリーランド』は森先生自身が荒れていた時代の、喧嘩に明け暮れていた時代の経験がモロに投入されていた作品ですよね。
単に喧嘩のテクニックのみならず「不安を忘れるために駅のホームのタイルの数を数えた」とか、「あることがきっかけで数年間スランプに陥った」とか、そういう物凄く具体的で陰鬱な人生体験。
『ホーリーランド』終盤が若干だれたのは森先生にとって描くべき体験――少なくとも路上喧嘩に関しては――の底がつき、エンターテイメントであることを強いられたからでしょう。
あの終盤で、単純娯楽とか少年漫画的なバトル要素って言うのは森先生にとって不得手の領域じゃないかなって思うようになった。
少なくとも、ヤムチャみたいに古参キャラをダシにしてニューカマーの噛ませにして強い敵をどんどん出して主人公が勝ちまくって…っていう発想はないんだと。
だってキングが作中最強だって実感、全然ないでしょ?
それだけに新作がバトル要素のない漫画で嬉しいですね。
今回間違いなく描いているであろう実体験は森ファン(?)なら間違いなくわかるでしょう。
先生本人の飛び降り自殺未遂です。
森:そうですね。ユウのように屋上に行って、飛び降りようと思ったんです。明け方に六本木の雑居ビルの屋上に登ってね。前の晩に最悪なことをして、酔っぱらってそこにいるわけです。もう、これ以上こんなこと続けていたくないって感じだった。結局、まんがと同じように、怖くて死にきれなかったんですけど(苦笑)。
http://manganohi.jp/interview/11/4980.html
http://manganohi.jp/interview/11/4980.html
↑これね。
感想ですけど、今のところは何ともいえません。
とにかくいえるのは、主人公の彼もまたユウと同じ道を歩んでいること。
それは「とりあえず、死ぬのは恐いから生きる」。
ユウはここから曲がりなりにも社会に立ち向かうんですけど、彼はどうなんだろう。
てか、考え方によってはかなりキツいですよね。
死んで楽になるのをやめはしたが、周囲と断絶された孤島で多数の同世代と同居でしょ。
彼みたいなユルくて引きこもりっぽいキャラには一番暮らしにくい気がする。
とにかく今のところは毎回楽しみな漫画がこの『自殺島』になりそう。
とりあえず、あの曖昧なエンドはもうやめてね(笑)。
感想ですけど、今のところは何ともいえません。
とにかくいえるのは、主人公の彼もまたユウと同じ道を歩んでいること。
それは「とりあえず、死ぬのは恐いから生きる」。
ユウはここから曲がりなりにも社会に立ち向かうんですけど、彼はどうなんだろう。
てか、考え方によってはかなりキツいですよね。
死んで楽になるのをやめはしたが、周囲と断絶された孤島で多数の同世代と同居でしょ。
彼みたいなユルくて引きこもりっぽいキャラには一番暮らしにくい気がする。
とにかく今のところは毎回楽しみな漫画がこの『自殺島』になりそう。
とりあえず、あの曖昧なエンドはもうやめてね(笑)。